極め続ける”低ハードル・高リラックス系フェス”の道、『麦ノ秋音楽祭2024 #Harvest』をたっぷり振り返る
2024.05.24
特定のアーティストの大ファンだったり、バンドカルチャーそのものにどハマりした経験でもないかぎり、音楽は好きだけどライブにはあまり行かないとか、そもそも行ったことがないという人、かなりいると思う。昔ほどではないとはいえ、ライブハウスに行くとなると治安の面が心配だったり、そもそも近くにライブハウス自体がなかったり。年齢や家族構成によっては夜に出歩くこと自体が難しいケースもあるだろう。
そういう層の受け皿という側面も持つのがフェスである。ただ、都市型フェスは大型であればあるほど人口密度が高くなり、ステージ間の移動だけで一苦労、入場規制をくらうこともザラだ。自然の中でやるタイプフェスならばそういう心配は少ないが、会場が遠方であったり、ラインナップが少々尖っていたりすることも多い。つまり、普段からライブ参加にアクティヴな層以外にとって、生の音楽に触れられる場に行くのは案外ハードルが高いのだ。
その点、『麦ノ秋音楽祭』には「絶妙なところを突いてきているなぁ」と感心させられる。同フェスについてはもう何度も書いてきているので「知ってるよ」という方は次の段落までスクロール推奨。一旦、あらためてその特色について触れておくと、まず会場となっているのはCOEDOクラフトビール醸造所で、埼玉県の東松山市にある。最寄りの森林公園駅は池袋から東武東上線で一本。駅から会場まではシャトルバス(要チケット)がある。車なら関越自動車道の東松山ICから10分少々なので、アクセスの難易度はそこまで高くない部類だろう。会場は日当たり良好な芝生のフィールドとなっており2つのステージのほか、アクティビティやワークショップ、キャンプサイトも備えている。かなりゆとりある設計のため、回を追うごとに来場者が増加中とはいえ、人混み感を感じることはほとんどない。出演者は幅広く、お茶の間まで浸透したJ-POPから通好みの実力者まで音楽性もさまざま。普段はバリバリにロックバンドしている人も出ているが、基本的に弾き語りやアコースティック編成でライブをするので、モッシュやダイブとも無縁だ。
というふうに、『麦ノ秋音楽祭』は最初に書いたハードルの数々をほぼクリアしている。初回から側で見てきた立場からすると、当初からそういうコンセプトだったはずだし、2年目/4回目(年2回開催なので)を迎えその特色・強みはより鮮明になってきている。連続出演中のアーティストはもはやどういうフェスか熟知して出ているし、初登場組でも会場の空気からすぐ察知できてしまうようで、個々のライブがとにかく自然体でアットホーム。こんなにもアーティストの素に近い表情を間近で見られる機会なんてそうそうない。さっきまでステージで歌ってた人が、普通に会場内でビール飲んでたりするし。あと、子どもと犬がとにかく多いフェスでもあって、特に今回からドッグランが設けられた影響なのか、個人的経験に基づくデータによれば犬連れ率ナンバーワンフェスである。
さて。ここからは、秋に種を蒔いて春に収穫する麦のサイクルに合わせ年2回開催している同フェスの最新回、のライブの模様を振り返っていきたい。
初日の1本目は、山田将司(THE BACK HORN)と村松拓(Nothing’s Carved In Stone/ABSTRACT MASH)のユニット・とまとくらぶ。かつてユニット名の発表をこのフェスで行い、いつかこの会場で野外ワンマンをしたいと公言するマスコット的存在だ。快晴の空の下「こんな良い天気、飲むしかないでしょ」とビールを掲げ「故郷」から始めると、この日のために用意してきたというポップス然としながらもどこか切ないメロディの新曲も披露。音源になっている曲はまだ多くないが、着々とレパートリーは増えているようで、クラップに乗せて届けたタイトル通りに軽やかな「アイリッシュ」など全6曲を届けてくれた。
続いて登場したのはホリエアツシ(ストレイテナー)。とまとくらぶからホリエの流れは、2000年代以降のロックを聴いてきた人にはたまらないはず。まずはソロワークであるentの「Forever and Ever」で涼やかな歌声を響かせ、その後はストレイテナーの楽曲や、かつてともに対バンツアーを回ったストレイテナーに酷似した謎バンド・633の「Drink Up」で場内を沸かせる。トラヴィス「Turn」にmilet「Anytime Anywhere」と洋邦のカバーのセンス溢れるチョイスでも唸らせ袖から登場した村松から生ビールを手渡されて乾杯した後は「TODAY」、そして代表曲のひとつ「シーグラス」を演奏してライブを終えた。
3組目に浜崎貴司もまた、過去には昼間のライブだけでなく夜のキャンパー向けコンテンツにも登場したりと、『麦ノ秋音楽祭』ではすっかりお馴染みの存在である。ソウルフルなフェイクからの「♂+♀」では<『麦ノ秋』をともに過ごそう>とアレンジしたフレーズも差し込む。「もう夏でございますよね」と汗ばむ陽気に言及したあとは山下達郎の「SPARKLE」をカバー。さらに「ドマナツ」の陽性でノリノリなサウンドを放り込めば、当然場内は大きく盛り上がる。「風の吹き抜ける場所へ」「幸せであるように」と代表的なナンバーもちゃんと押さえたセットリストで、ピースフルなシンガロングを響き渡らせた。
「COEDOビール日和って言うんですかね?」と和やかに語りかけながら登場したのはCaravan。自身が20周年を迎えたことに触れてから「少し懐かしい曲から始めたいと思います」と「Feed Back」からライブはスタート。相棒・宮下広輔のぺダルスチールが奏でるスライドギターのような味のあるサウンドが、包容力抜群の歌声とともに会場へ浸透していく。続いても初期曲「Wagon」を軽やかなカッティングに乗せて歌う。「すごい好きなんですよ、この距離感」「みんなで続けていきましょうね」と『麦ノ秋』愛が滲むMCを挟み、「Magic Night」へ。さらには滅多にライブでやらないという「May」まで披露してくれた。
なお、Caravanはその後、Gibsonラガーステージにも登場。これまではトークメインだった小さい方のステージが、今回から世界的ギターブランド・Gibsonの名を冠してリニューアルされ、運指によって弦の擦れる音までありありとわかるほどの至近距離での弾き語りパフォーマンスが各日2本ずつ行われたのである。初日はまずMichael Kanekoが登場し、チルでメロウな楽曲と甘い歌声で「GIRLS feat. 大橋トリオ」などを披露。2組目のCaravanと村松拓のセッションライブでは、Gibsonのアコギ“Hummingbird”を用いてCaravanの人気曲「ハミングバード」をデュエットするという粋な試みでも盛り上げてくれた。
メインのエールステージも後半戦。ここで登場したMONKEY MAJIKは初登場だったのだが、ほぼ隙間なく埋まったスタンディングエリアがその注目度と期待度の高さを物語る。彼らの癒しのポップソングと極上のハーモニーがこの場に合わないわけがなく、いきなり「Around The world」を繰り出して場を温めたあとは、メイナードとブレイズの気さくで気ままなトークも挟みながらライブを進めていく。「turn」では「久しぶりにやったのにわりと上手!」なんて自画自賛してみたり。「LONG SHOT PENNY」ではディックがステージと客席エリアの境目まで降りてきて披露したベースソロに大歓声。ラストは「空はまるで」で締める磐石ぶりだった。
初日のヘッドライナーとしてステージに上がったのは田島貴男(Original Love)。田島といえば以前このフェスに出演した際、弾き語りの域を超越したすさまじいプレイとソウルフルな歌声で圧倒しまくった結果、トリ前なのにアンコールを巻き起こすほどのライブをみせたのも記憶に新しい。今度は正真正銘の大トリで、演奏面は同じく弾き語りだがゴスペル隊のTEAM SURPRISEを伴っての出演だ。ボイパとアコギのリズミカルな演奏が抜群のグルーヴを生む「ゼロセット」や祝福感いっぱいのサウンドにテクニカルなソロ、会場中を巻き込むクラップの嵐と見どころ満載の「bless You!」など前半からぐいぐい盛り上げてから、一人でしっとり演奏したのは「接吻」。甘い空気で満たしたのも束の間、「フィエスタ」「ソウルがある」でボルテージを上げきったところで、このフェスを象徴するような音楽讃歌「Music, Dance & Love」が高らかに鳴らされた。アンコールでは高速ロックンロール調の「夜をぶっ飛ばせ」を投下。大盛況のフィニッシュとなった。
陽が長いこの時期でもすっかり暗くなった19:30。焚き火を囲みながら車座になって楽しむキャンパー向けの“焚き火ライブ”の時間がやってきた。今回、画家・近藤康平のライブペインティングとともにパフォーマンスを披露したのは、andropの内澤崇仁。「Hikari」や「RainMan」といった普段のライブでも聴く機会の多いナンバーも、アコギ一本かつ炎に照らされながらの環境で聴くと格別の味わいで、かなりレアな楽曲まで織り込んだロングセットで楽しませてくれた。
2日目は井上竜馬(SHE’S)と藤井怜央(Omoinotake)の同い年鍵盤ボーカリストによるセッションライブから。若手(このフェスでは特に)実力派の共演というだけでなく、前半は伊地知潔(アジカンなど)もパーカッションで参加するという豪華な布陣で、SHE’Sのドラマティックなバラードソング「Chained」やスマッシュヒット中のOmoinotake「幾億光年」などを披露していく。柔らかさの中に芯の強さを併せ持ったハイトーンボイスが、上に下にとハーモニーを織り成しながらの共演は絶品で、MCになると途端にくだけた雰囲気になるのもこのフェスにはピッタリ。「September」(Earth, Wind & Fire)などカバーの選曲も良かった。
初登場のHikaruは、元Kalafinaというキャリアが示すようにアニソン方面では数々の大舞台を踏んできているが、野外フェスへの登場は極めて稀。「ちょっとダーク目な曲しか持ち合わせてなくて(笑)、その中ではフェス向きな曲を持ってきたつもり」と語りつつ、H-el-ical//名義の「The Sacred Torch」や現名義の「Awe」などを披露。シリアスな曲調と、中低音の迫力とすっと伸びていく高音域を併せ持った歌声のケミストリーを、開放的な会場内へと響かせていく。中盤にはこの日に歌うために作ってきたという新曲を演奏するサプライズもあり、どこか「みんなの歌」のような人懐っこいメロディで新境地も垣間見せた。
3組目のName the Nightもまた、初日のとまとくらぶと同様にこのフェスと縁の深いバンド。当初は正体不明だった彼らが初めて人前に現れてライブを行ったのが昨秋の『麦ノ秋音楽祭』である。まずはボサノヴァ的にゆったり揺らす「Marginal」から始めると、夜を思わせるチルな音に心地よいフロウを乗せた「No Stress」、このフェスではお馴染みの近藤康平とコラボしたMVのある「ボナパルト」と、前回のライブ時にはリリースされていなかった楽曲でバンドの最新形を提示する。それぞれ豊富なキャリアを持つメンバーによる熟練のスキルやグルーヴで豊かな音を奏で、ラストは「Strange World」でダンサブルに締め括った。
続いては、同フェスに連続出演中であるタブラ奏者・U-zhaanが、今回は坂本美雨と関口シンゴとともに登場した。浮遊感とオリエンタルな響きをもつタブラのビートと、ソフトに繊細に奏でられる関口のギター、そしてどこにも尖った要素のない透き通った坂本の歌声のトライアングルは至高。父親である故・坂本龍一の「Perspective」や大ヒット曲「The Other Side of Love」のほか、映画でおなじみの「Never Ending Story」カバーや幼児向け番組で放送中の「タベタイ」といったレパートリーも用意され、年齢層が幅広く家族連れも多いこのフェスへの親和性も非常に高かった。ラストの「川越ランデヴー」もまた別角度で深く印象に残った人は多いはず。
2日間を通して最もロッキンなライブを見せてくれたのは、このタイミングでGibsonラガーステージに登場したa flood of circleの佐々木亮介とアオキテツだった。スタイルこそアコギの弾き語りだが、初っ端の「如何様師のバラード」から佐々木が観客たちの中へ突入し、寝っ転がって歌うという破天荒ぶり。ホリエアツシがプロデュースした「ゴールド・ディガーズ」やアジカン・ゴッチプロデュースのパワーポップ系ナンバー「キャンドルソング」などをどんどん繰り出し大いに盛り上げた。
夕刻に差し掛かるあたりでエールステージに登場したのは、藤原さくらと優河のユニット・Jane Jadeだ。彼女たちもまた、このフェスでの共演をきっかけに正式にユニット結成に至ったという背景を持つ。「まだ2曲しかないので──」との言葉通り、「季節の音」「moonlight」以外はそれぞれのソロ名義の曲やカバーソングを披露してライブは進行。ややスモーキーな低音が心地よい藤原に、ふわりと風に乗るようなファルセットが綺麗な優河と対照的な特徴を持ちながら、2つの歌声が合わさったときの相性は抜群だ。想定とは違うリズムで演奏してしまい笑い合いながらも、会場をあたたかな空気で包んだ「サヨナラCOLOR」は絶品だった。なお、藤原はこのすぐあとにGibsonラガーステージにも登場して、関口シンゴとのセッションライブにも登場。藤原も関口も「いいフェスですね」「育てていきましょう」と口を揃え、ノラ・ジョーンズ「Don’t Know Why」カバーと藤原の「maybe maybe」をテンダリーな音色とともに届けてくれた。
さて、ついに大トリの時間。約80分にも及ぶロングセットで登場したのはROCKIN’ QUARTETだ。ヴァイオリニスト・NAOTOがロックバンドのボーカリストを招き、その楽曲に弦楽用のアレンジを施して原曲を再現する人気ライブシリーズであり、これまで何度かフェスへも“出張”している。ただ、歴代の出演ボーカリストが全員揃うのはこれが初。プレミアムなライブとなることは必至で、これを目当てに来た人もかなりいたと思われる。
1番手に登場したのは村松拓。鳴り出したイントロはあまり聞き覚えがなかったが、それもそのはず。今年リリースしたばかりの「DEAR FUTURE」をこのフェス用に新たに仕上げてきたのだ。そのダイナミックな音と雄々しいボーカルで一気にボルテージを高めると、「Mirror Ocean」で山田将司を呼び込んで共演してから山田にバトンタッチ。拳を振り掲げながらの熱唱をみせた「コバルトブルー」、ギターでいうピッキングハーモニクスのような奏法で原曲の質感に肉薄した「空、星、海の夜」と、THE BACK HORNの楽曲を披露した。
3番手の内澤崇仁はまず「Yeah! Yeah! Yeah!」からスタートし、会場が一気に華やぐ。この振り幅の大きさも全員集合ならではだろう。「この人がいなければ今の自分たちはない」という紹介からACIDMAN・大木伸夫を呼び込み演奏したのは、ROCKIN’ QUARTETの内澤出演回でもカバーしていた「赤橙」。主メロを内澤が歌い、ハモリを大木が担うというレアなシーンも生まれたのだった。そこから大木が歌った「ALMA」では計算通りだろうか、ちょうど暗くなる時間帯に歌われる壮大な宇宙の歌に陶酔。「世界が終わる夜」の、まったくブレることなく極めてエモーショナルな歌声も見事というほかなかった。
あっという間に時間は過ぎ、5人目に登場したのはホリエアツシ。フェスでは初めてだというソロ名義の「LOVERS IN NAGASAKI」は、原曲の時点でNAOTOがストリングスアレンジをしている曲のため、ロックを再現したプレイとは別の魅力を感じられる時間に。ダンサブルな音でクラップを巻き起こした「タイムリープ」を経て、『麦ノ秋音楽祭2024 #Harvest』を締めくくりに現れたのはTOSHI-LOW。「良い年して金髪は信用ならない」とNAOTOを弄ったりする奔放なトークからシームレスに現代日本へのアンチテーゼへと移行し、そのまま「鼎の問」へ繋ぐ流れにはガツンとやられた。そして2日間の最後にじっくりと演奏されたのは「今夜」で、<ああ 今夜終わらないで>と名残を惜しみつつも、たしかに次回へと想いは繋がれたのだった。
終演後には、5度目の開催となる今秋の『麦ノ秋音楽祭2024 #Seeds』開催も発表された。日程は10月26日(土)27日(日)で、これまでの秋開催より1~2週早めとなる。秋の東松山は夜にわりと冷え込むため、キャンプ参加組にとってはこの開催時期の前倒しはけっこう嬉しい。出演者など全貌が見えてくるのはまだまだ先だが、初開催からわずか1年半でここまで居心地の良い空間を作り上げ、来場者も出演者もたくさんのリピーターを生んでいるフェスなのだから、ゆったりまったり音楽(とビール)に浸れる2日間が待っていること請け合いだ。普段からライブに親しんでいる方はもちろん、冒頭で書いたようにフェスやライブにちょっとハードルを感じているという方も、もしここまで読んでくれているとしたら、今秋の『麦ノ秋音楽祭』に足を運んでみてほしい。
取材・文=風間大洋 撮影=Yuri Suzuki、寺本篤史(ライブ写真)/ERI MASUDA(会場風景)