ACIDMAN、UA、田島貴男らの名演とCOEDOビールが醸成する癒しの空間──2度目の『麦ノ秋音楽祭(むぎのときおんがくさい)』を総括
2023.06.15
麦ノ秋音楽祭2023 2023.5.27-28. COEDOクラフトビール醸造所
木々に囲まれた原っぱに子どもたちが駆けまわり犬が寝そべる。フードエリアにはBBQ的なメニューやカレー(PHONO TONES/アジカンの伊地知潔プロデュース)、燻製やもつ煮といったツマミ系などなどが用意され、おまけにクラフトビール(限定品も含む)を心ゆくまで味わうことができる。しかもバンドからシンガーソングライター、ラッパーまで多種多様な歌と演奏を生で味わえ楽しめる──。そんな空間、最高に決まっているじゃないですか?
「そうだそうだ!」と思ったあなたにとって、きっと理想の休日を具現化したようなフェスがこの『麦ノ秋音楽祭』だ。2022年晩秋に初開催されたばかりのフェスなのだが、早くも第二回となる『麦ノ秋音楽祭2023』が、5月27日・28日の2日間にわたって埼玉・東松山にあるCOEDOクラフトビール醸造所にて行われた。なぜビール会社の醸造所でフェスが行われるのか?といえば、それは音楽好きだという同社の社長・朝霧氏自らが発起人であり主宰しているから。しかも広大かつ平坦な醸造所の敷地がフェス開催にうってつけの環境だから。ライブが行われるメインステージ以外にも、トークを中心としたサブステージ、さらにキャンプサイトまで。駐車場を除くほぼ全てを醸造所敷地内で完結できるのは強い。
キャンプサイトからライブ会場へ向かう途中には麦畑もある。前回開催時、ここに参加者が麦の種を蒔いており、今回はその収穫をする……予定であった。「麦秋」という言葉が実は初夏の季節を指す通り、本来であればこのくらいの時期が麦の収穫にはベストなのだそう。それが前回から半年というスパンで開催する理由の一つでもあったのだが……今季は気温の高い日が多かったことで、開催前週の段階で麦の収穫をせざるを得なくなってしまった。この手痛い誤算が、結果的に嬉しい発表へと繋がっていくことになるのだが、それについては後述する。
筆者は初回に続いての参加であった。埼玉に実家があるので前回は通いで参加したのだが、今回はキャンプすることにした。理由は、とても快適そうだったから。幼少期にファミリーキャンプの経験はあるものの、あまりハードな環境には太刀打ちできないなぁ、という僕のようなレベルでも、ここなら全然いけそう。さほど山奥でもなく平坦でよく整備された、でも自然はちゃんと感じる環境なのだから。なお、僕は正規のキャンプサイトではなく会場の隅っこに設営したが、キャンプサイトはより快適そう。完全ビギナー向けにも手ぶらでキャンプができるプランが用意されていたりと、キャンパーへの入り口としても優秀だ。キャンプサイトの模様は、キャンプ型音楽メディア「WILD STOCK」でも動画でレポートされているのでチェックしてほしい。
フェスのタイプ的には比較的オーガニックよりの、信州とか富士山麓あたりでやっているものに近く、音のどデカいタイプやモッシュが起きるタイプの出演者はいない。顔ぶれ的にコアなリスナー向けでもない。しかも野外だ。したがって子どもも安心!ということで、来場者の属性としては「音楽とお酒を愛するファミリー」みたいな層がメイン。どのアーティストが目当て、というより環境丸ごと楽しみに来ました、という風情の人が多めである。もちろん、その中でも各自お気に入りは何組かいるだろうから、そのライブの時間になったら前方の区切られたエリアまで観に行って、それ以外の時間は思い思いの場所でシートを敷いたり椅子を出したりしてのんびりすることが可能。前方エリアは場所取り禁止だが、それ以外はどこに拠点を設けてもOKなので、どこかに腰を据えた上でビールを買いに行ったりライブを観に行ったりトイレに行ったり、またビールを買いに行ったりできるわけだ。
という会場設計に関しては、基本的に前回開催時を踏襲しており、細部を改善したりグレードアップしたりしていた印象。それもあってか、会場に着いた時点で「あ、これこれ」とか「戻ってきたなぁ」という実感があった。まだ2回目だというのに、この”ホーム”感はなんだろう。おそらくは「こういうフェスにしたい」という主催側の想いがハッキリしていてブレがないことと、大小さまざまな野外フェス/イベントの開催実績のある制作チームのノウハウの合わせ技によるものだと思う。お客さんにはリピーターが結構いたようだし、前回に続き出演する某アーティストと裏で話したら、やはり”ホーム感”については絶賛していた。
次にライブについて。まずこのフェスでは、一部の弾き語り等を除き、基本的にメインステージ1つでライブが行われるし、転換時間も長めにとってあるため、何かを観るために何かを犠牲にするとか、ご飯休憩のために観られないライブがあるとか、入場制限が起きるとか、そういったストレスは皆無。そのため、その気になれば容易にすべてのライブを体験できるから、「じゃあせっかくなら色々観てみよう」となりやすい。つまり、スタイルが個性的であったり、大ヒット曲を持っていたり、テクニックがえげつなかったり、初見でも引き込める要素を持ったアーティストが強く、『麦ノ秋音楽祭2023』のラインナップはまさにそういう顔ぶれであった。
U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS
初日のトップバッターからしてだいぶエッジが立っている。U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESSは、インドの打楽器・タブラの奏者とラッパー2名によるユニットだ。タイトル通り”にゃーにゃー”言いまくる「にゃー」から幕を開け、思いっきり変拍子の「七曜日」、某お菓子メーカーのプチ情報などをひたすらラップする「ギンビス」、名だたるラッパーや奏者の功績と音楽史が学べる(?)「BUNKA」などなど、ものすごく脱力した佇まいでものすごく高度なことをしているというギャップがエグい。フリースタイルの応酬で沸かせたあとは、「教授、聴こえてますか?」と、坂本龍一の名曲をサンプリングした「エナジー風呂」で、芯からジワッと温まるような余韻を残した。
U-zhaan×環ROY×鎮座DOPENESS
Omoinotake
ガラッと雰囲気が変わり、爽やかなピアノバンドサウンドを弾ませたのはOmoinotake。鍵盤、ベース、ドラムの3ピースにホーンを加えた編成で、ソウルやシティポップへの愛と造詣を感じる音を、繊細に、けれどパワフルに演奏していく。シーケンスやシンセベースも用いているものの、あまりクールにはなりすぎずあたたかなグルーヴを感じる音、そして抜けの良いレオ(Vo/Key)のハイトーンボイスが気持ち良い。「最高の野外ライブ日和じゃないですか!」と喜びを分かち合いながら、「心音」のようなバラードソングから「産声」や「EVERBLUE」といったダンサブルなナンバーまで、持ち時間に目一杯曲を詰め込んで、鮮やかな印象を残していった。
Omoinotake
PHONO TONES
続いてのPHONO TONESはインストバンドだ。ここまでラップ→ピアノバンド→インストと繋いでいる時点でこのフェスの性格がよくわかる(その後もパンク→シンガーソングライター→ロックと進んでいくことになる)。彼らの最大の特徴でありストロングポイントでもあるのが、ペダルスティールの存在だろう。見た目的にはお琴のエレキ版にピアノのようなペダルが付いたような楽器なのだが、これがまた実に多彩な音を出す。悠久を感じさせるオリエンタルな音色あり、ファズギターのようなロック色の強い音あり。そのため楽曲のテイストも多岐に渡り、カントリーロックとダンスの融合したような「Jack Russel」やストーンズ系のロックンロールとファンク要素が楽しい新曲「GOLD」などなど、懐の深さを感じさせてくれた。
PHONO TONES
LOW IQ 01
「リハーサルから結構時間あったから酔っ払っちゃった」とビール片手に登場したのはイッチャンことLOW IQ 01。ど頭から「WHAT’S BORDERLESS?」「Snowman」と歴戦のライブチューン、パンクチューンを畳み掛け盛り上げるが、アコギ一本の弾き語りのためかどこかアイリッシュやカントリーっぽく聴こえるのが面白い。そこに輪をかけて面白いのが奔放なトークで、自らを中井貴一と称してみたり、ACIDMAN・大木のモノマネを披露して自画自賛してみたり。どれもこれも彼のサービス精神の現れであり、それはアドリブで某名作ゲームのBGMを弾いた後、その主人公の格好をした子どもを発見してもう一回やったシーンにも溢れていた。ラスト、中井貴一だったはずの男は「横山健でした!」と言い残し、「Hangover Weekend」をビシッと打ち込んでいった。
LOW IQ 01
藤原さくら
日の傾き始めた時間帯にぴったりの5組目は、藤原さくら×優河だ。これぞチル!と言いたい柔らかで落ち着いた響きを持った2つの歌声が交差し、寄り添い合う。スピッツ「春の歌」やSUPER BUTTER DOG「さよならCOLOR」といった名曲カバーも交えつつ、それぞれのオリジナル曲も披露していき、途中からはこのフェスの影の主役(?)宮下広輔も演奏に加わってライブは進行。若干ハスキーな中低音が魅力的な藤原と、より高音域のクリアな発声がよく通る優河の相性は言うまでもなく抜群で、落ち着いたトーンのライブだからこそ聞こえてくる、風の音や木々のざわめきとも一体となった音像と空間はただただ心地良い。私生活でも仲が良いという2人による独特なテンポ感のMCも癒しの時間だった。
優河
ACIDMAN
前回は大木伸夫(Vo/Gt)のソロ、今回はバンドでの出演となる初日のトリ・ACIDMANはアコースティックセットと銘打っていたものの、ドラムセットが据えられており、アコギにもエフェクトをかけたりとアンプラグドではないサウンドに。といってもアレンジは原曲とだいぶ変えているので、かつての企画アルバム&ツアーの『Second line & Acoustic』に近い仕上がりだ。
ACIDMAN
「FREE STAR」や「赤橙」のような普段からやる曲以外に、「シンプルストーリー」や「リピート」あたりの”けっこうレアだが人気の高い曲”も盛り込んでライブは進み、「今日、夜空が綺麗だったらこの曲を思い出してください」「この世界の砂粒の全てよりも多くの星があります。そのことを想像しながら、そこに手を伸ばそうとする曲」という紹介から「ALMA」へ。ラストの「Your Song」まで、盤石のライブっぷりは貫禄さえ感じるほどだった。ちなみに余談だが、この日のトップバッターのU-zhaanとACIDMAN・大木は会場から30分ほどの距離にある川越市が地元。この日は同郷のリレーでもあった、ということになる。
ACIDMAN
さて、夜のキャンプタイム。もちろんお供はCOEDOだ。7時頃、すっきり起床。朝市をやっているのでサンドイッチとコーヒーを購入。今後のための情報として残しておくと、昼間の気温はかなり高めだったこの日でも、陽が沈むとだいぶ過ごしやすい気候になって、寒くはないが何か羽織るものがあるとちょうど良いくらい。お風呂に関しては車のある方なら15分圏内に温泉施設がいくつかあるが、ビールを存分に楽しむ前提であれば、翌朝に行くのが吉だろう。筆者が行ったところは9:00からやっているので、ひとっ風呂浴びてから戻ってきても2日目のライブスタート(11:00)には余裕です。
浜崎貴司×近藤康平
前夜はキャンパー限定の焚き火ライブ(演者はシークレットだった)で、宇多田ヒカル「光」や南佳孝「スローなブギにしてくれ(I want you)」、さらには「アンパンマンのマーチ」をカバーするなど、対象年齢の広ーいライブを見せてくれた浜崎貴司は、2日目のライブでは一番手で登場し、自身の参加するFLYNG KIDSやカーリングシトーンズの曲を多めに披露。子どもやその親世代にクリティカルな「ビーだま・ビーすけの大冒険」というレパートリーを持っているのも強い。ライブペインターの近藤康平と共にオンステージしたのも大きな見どころで、一曲ごとに異なる情景がリアルタイムで描かれていき、それが一本のライブを通してストーリー性を帯びていく、という近藤の妙技と、浜崎の飾らない、それでいてエモーショナルな歌声が見事な化学反応を見せた。
浜崎貴司×近藤康平
Def Tech
前日を上回る大勢の観客たちの拍手喝采に包まれ、2組目のDef Techが登場。英詞と日本語詞を織り交ぜながらそれを抜群のハーモニーで届けていくShenとMicroの2MCスタイルは、強固なオリジナリティを有すると同時に、あらゆるリスナーの耳にすっと馴染んでいく普遍性も備えている。レゲエやポップス、R&Bなどのミクスチャーサウンドが爽やかに場内を堤、「My Way」や「Catch The Wave」といった大ヒット曲はどこか清涼な質感で、暑いくらいの気候にもベストマッチ。終盤には「また来年も呼んでいただけますでしょうか?」という逆オファーまで飛び出し、「Irie Got~ありがとうの詩~」でのシンガロングでライブを締めくくった。
Def Tech
山田将司(とまとくらぶ)
3組目のとまとくらぶは、このフェスの申し子(マスコット説も)的存在。THE BACK HORNの山田将司とNothing’s Carved In Stone/ABSTRACT MASHの村松拓という、アツいライブを身上とするバンドのフロントマン2名が、肩肘張らずに弾き語りライブをするこのユニットの名前は、前回のこのフェスで初めて明かされ困惑とともに歓迎された、という経緯がある。その時に初披露されたオリジナル曲「故郷」からライブはスタート。それぞれのソロ曲やバンド曲をデュエットし、気ままなMCでも楽しませるスタイルは前回と一緒だが、明らかに練度が上がっている。中でもラストに演奏した新曲「Whaleland」が素晴らしく、フォーキーな装いの洋楽インディロックを思わせる新基軸となっていた。初ワンマンは同会場でやる、と公言する彼らの今後の動きにも注目したい。
村松拓(とまとくらぶ)
Caravan
続いては、野外ライブとの親和性が究極レベルに高いCaravanだ。2日間で3度目の出番となる宮下広輔がペダルスティールを弾き、名手・椎野恭一がドラムを叩く3ピースの布陣で、彼が一曲目の「FREE BYRD」を歌い出すと、その力強く包み込むような低音ボイスでたちまち場内を虜にしていく。ラテンの香り漂うサウンドにオーディエンスを巻き込んだ勇ましいコーラスが映える「La vida es corta」や、ギターのインプロから自然と繋いだ「ハミングバード」など、ひたすらピースフルな時間が流れていくが、観客たちの熱量はジワジワと上昇していく。「何でしょうね、俺、ここすごい好きです。ちょうどいいこの規模感」と、我々の心情を代弁するかのように『麦ノ時音楽祭』を讃えたCaravanもまた、このフェスに欠かせない存在の一人と言える。
Caravan
田島貴男
爆発力という点では2日間通しても傑出していたのが田島貴男だった。リゾネーターギターを抱えて颯爽と現れたかと思うと、即座に「BODY FRESHER」を歌い出す。半端じゃない声量とソウルフルな歌声、溢れ出るパッション。おまけに演奏も凄まじい。ストンプボックスでビートを刻むだけに止まらず、パーカッションのようにギターのボディを叩いたり、ルーパーを用いてギターを多重に重ねたり、終いにはボイパをループさせながら演奏したり。「弾き語りライブ」と形容するのが憚られるほど色んな音を生み出す様子は、見た目にもスペクタクルだ。大人なアレンジからファンキーに展開していく「接吻」、ラストに圧巻のシャウトを繰り返した「bless You!」、印象的なシーンばかりだが、何と言ってもあまりの名演ぶり巻き起こったアンコールに応え、機材を撤収中のため生音&ノーマイクで「フリーライド」を演ったのには痺れた。
田島貴男
UA
田島とはまた違ったベクトルで圧倒したのは、大トリのUA。開口一番、「張り切ってパジャマで来ました!どこでも寝ちゃうぞ!」と自らの衣装を弄り、そのままビールで乾杯しちゃう自由さとは裏腹に、楽曲が始まればスッと空気が塗り変わり、ウィスパーボイスから迫力のハイトーン、少女のような無邪気さまで垣間見える、ボーカルの変幻自在っぷりで魅せる。大名曲「甘い運命」、息子が17歳の時に書いたという”ラブソング”「あいしらい」と続けた後、ダクソフォンの不思議な音色とともに「Mori」を歌っていると、突然の夕立が降り出すシーンも。幻想的な音と振る舞いも相まって、まさかシャーマンの如く雨を呼んだのか?なんて思ってしまう。
UA
なんせ、彼女から発せられる音全てが──歌声だけでなくスキャットや、南国の生き物の鳴き声のようなフェイクも──環境音のように場に溶けていくのだ。いやぁ、こんなライブは滅多にお目にかかれない。辺りが暗くなり照明が映えるようになった頃、「情熱」からの「ミルクティー」で最高潮を迎え終演。アンコールで披露した「水色」の、アカペラから始まる子守唄のようなやさしい歌とともに、『麦ノ秋音楽祭2023』は静かに幕を下ろした。
UA
そして。随分と最初の方で書いたように、今開催の目的の一つであった「昨秋に蒔いた麦をみんなで収穫する」という未達のミッションを受けて、早くもこの秋、11月の11日・12日に三度目の『麦ノ秋音楽祭』を開催することが、会場にて発表された。年に2回やるフェス、というのもなかなか前代未聞な気がするし、その場合名称はどうなるんだろう? 『2023・秋』とかになるの? ……などと余計な心配も頭をよぎるが、すでにアーティストへのオファーもしているようで、この2日間に出ていたアーティストの何組かは再びこの地へ戻ってくることになりそうだ。
2回目にして抜群の”ホーム感”を醸し出し、アーティストからもラブコールを送られるフェス。3度目にはどのあたりがどんな風にブラッシュアップされるのか、誰が新たに登場するのか。そして今回泣く泣く刈り取った麦はどんなビールに仕上がるのか。今後ずっと種蒔きと収穫を繰り返す年2回開催のフェスというスタイルで続くのだろうか。未知の要素はたくさんあるが、それら全てが期待感へと集約されていく。
取材・文=風間大洋 撮影=AZUSA TAKADA(ライブ)、ERI MASUDA(会場風景)